しょうじょういん
埼玉県越谷市大松60
当寺は賢眞上人(嘉慶元年、1387年7月28日遷化)により開山され榮廣山 浄土寺 清浄院と称す。境内にある開山塚(文化財)は、当寺開山 賢眞上人の古墳とみられている。戦国時代には、新方領六ケ村( 船..
当寺は賢眞上人(嘉慶元年、1387年7月28日遷化)により開山され榮廣山 浄土寺 清浄院と称す。境内にある開山塚(文化財)は、当寺開山 賢眞上人の古墳とみられている。戦国時代には、新方領六ケ村( 船渡、大松、大杉、北川崎、向畑、大吉)を領有した兼武の寺で六ケ村榮廣山とも称された。江戸時代には徳川三代将軍家光公より高十二石の御朱印領を賜り、浄土寺大本山増上寺(港区芝)の直末寺におかれ、当寺の末寺も五カ寺を数えた。その後、明治維新の朱印寺領の上知や仏教の衰退、戦後の農地解放等幾多の困難に直面したが、歴代住職の努力によりこれらを切り抜け法燈の灯を消すことなく今日に至る。〜昭和62年(1987)、清浄院開山賢眞上人第六百回忌供養記念寺標として建立された石柱の刻まれた清浄院由緒より
賢眞上人(嘉慶元年 西暦1387年遷化)により開山。戦国時代には新方領六ケ村を領有し六ケ村榮廣山とも称された。江戸時代には三代将軍家光より高十二石の御朱印領を賜わり、浄土宗大本山増上寺の直末寺におかれ、当寺の末寺も五カ寺を数えた。その...
榮廣山
浄土宗
創建年代不詳
阿弥陀如来
賢真上人(嘉慶元年 西暦1387年遷化)
清浄院開山塚 越谷市指定記念物史跡(第29号) 木造阿弥陀如来坐像 越谷市指定有形文化財(第58、59号) 清浄院開山塚(越谷市指定文化財)
東武スカイツリーライン せんげん台駅東口よりタクシー 10分
有り