こうじんじゃ
長崎県壱岐市芦辺町湯岳興触676
付近にはかつて壱岐国府があったと考えられており、社名の「興」は「国府(こふ、こう)」の意味とされる。国府の倉の鍵である「印鑰(いんにゃく)」を保管していたことから、近世には「印鑰神社」とも呼ばれてい..
付近にはかつて壱岐国府があったと考えられており、社名の「興」は「国府(こふ、こう)」の意味とされる。国府の倉の鍵である「印鑰(いんにゃく)」を保管していたことから、近世には「印鑰神社」とも呼ばれていた。境外社の壱岐総社神社は壱岐国の総社にあたる。 延宝4年(1676年)、神道家橘三喜が壱岐の式内社を調査した際に、当社を式内小社「與神社」に比定した。しかし、これは興と與(与)を見誤ったためと考えられており、近年の研究では、式内名神大社の「天手長男神社」が当社であり、壱岐国一宮であったとする説が有力となっている。延宝4年の調査の際に、天手長男神社は壱岐市内の郷ノ浦町田中触の若宮社に比定され、壱岐国一宮の称もその神社に移ったが(現 天手長男神社)、それ以降も当社を「一の宮」と呼ぶ通称は残った。 明治9年(1876年)12月に村社に列し、明治40年7月に神饌幣帛料供進神社に指定された。
興神社(こうじんじゃ)は、長崎県壱岐市にある神社。式内社(名神大社)論社、壱岐国一宮で、旧社格は村社。
足仲彦命 息長足姫命
式内社(名神大)論社 壱岐国一宮 旧村社
一間社流造
壱岐国大七社
4月13日
有り
無し