はくさんじんじゃ
宮城県栗原市金成小迫山神77
奈良時代神亀元年(724)の創祀と云われ、後桓武天皇の延暦10年(791)征夷副使坂上田村麿下降の砌り、本社前に屯営して勝利を祈り、社内に観音堂を営み、これより三迫総鎮守となる。又、後鳥羽天皇の文治..
奈良時代神亀元年(724)の創祀と云われ、後桓武天皇の延暦10年(791)征夷副使坂上田村麿下降の砌り、本社前に屯営して勝利を祈り、社内に観音堂を営み、これより三迫総鎮守となる。又、後鳥羽天皇の文治5年(1189、鎌倉)閏4月28日源頼朝藤原泰衡征伐の途次本社に参詣し、建久元年(1190、鎌倉)9月征伐了え同月13日報賽の祭事あり、この祭事は今尚古式に依って伝え行われている。明治7年村社に列格。
菊理比咩神、伊邪那岐神、伊邪那美神
特殊行事小迫延年舞4月第1日曜日