創建年代は不詳だが、かつては天台宗の寺院(名は不詳)であったと伝わる。
天正年間(1573年 - 1591年)に安藤守就の末裔という小描間之平治(こがきはざまのへいじ)なる者が、両親の菩提を弔うために出家して願西と名乗り寺を継いだ。願西は蓮如上人に帰依して浄土真宗に改宗した。併せて願西は法専坊空善に改名した。空善は学問にも造詣が深く、『空善日記』を著した。
空善の子・願信は2世となり、おなじく法専坊と名乗った。
願信には子がなかったため、安藤家の者が寺に入って法専坊願乗と称した。法専坊という坊号は受け継がれ、のちに法専山(法專山)の山号となった。
慶長6年(1601年)、4世・玄了が顕如上人から福乘寺の寺号を与えられた。
明治維新後には寺子屋を設け、近隣住民の教育にあたった。
現本堂は大正期の建立で、境内にある経堂には一切経などの文書が保管されている。
現住職・安藤龍道は15世。