大川神社 由来
大川神社には木花之佐久夜毘売命と大山津見命が祀られています。
『古事記や「日本書記』によると、木花之佐久夜毘売命は、花が咲いたような美しい神とあり、邇邇芸命に嫁ぎました。説話では、火が燃えさかる産屋の中で火照命 (海彦)、火須勢理命、火遠理命(山彦)の三人の男の子をつぎつぎに生んだそうです。
このことから、後世、安産の神様として信仰されてきました。また、火を噴く山の神霊を鎮めるため、かつて活火山であった富士山や、浅間山にも祀られ信仰されています。
大山津見命は木花之佐久夜毘売命の父君といわれ、山の神様として、また農耕の神様として信仰されてきました。社伝によると聖武天皇の頃、天平四年(七三二)に大干魃があり、時の国司が大川神社に恵みの雨を祈ると、一天にわかにかき曇り大雨が降ったそうです。それ以来、祈雨の神様として歴代国主の信仰厚く、讃岐、阿波はもとより四国中からも尊崇されてきたということです。
そして、大川神社では旧暦六月十四日、大川念仏踊りが行われています。