ちょうがんじ
大阪府大阪市天王寺区大道1-14-1
超願寺の創建は推古天皇22年(614)、聖徳太子が父用明天皇の追福のため阿弥陀仏を自刻し、小堂を構えたのが始まりです。 翌年、蘇我馬子の子・慧観が住職となり、寺名を超願寺と改め、大師から頂いた経典..
超願寺の創建は推古天皇22年(614)、聖徳太子が父用明天皇の追福のため阿弥陀仏を自刻し、小堂を構えたのが始まりです。 翌年、蘇我馬子の子・慧観が住職となり、寺名を超願寺と改め、大師から頂いた経典や木像を、宝塔を築いて収めました。 舒明天皇の頃、類焼を怖れ宝塔の回りを分厚く泥壁で塗り固めたため、土塔と呼ばれ山号となりまし。 初めは天台宗でしたが、北朝の頃28世僧真観が本願寺の覚如上人に帰依して浄土真宗となりました。 石山本願寺創建の頃には蓮如が滞在し、自刻像や愛用の数珠を納め、土塔御坊と呼ばれていました。 超願寺には、「義太夫節」で創始者として著名な初代竹本義太夫(1651~1741) の墓所があります。
土塔山
浄土真宗
西本願寺派
推古天皇22年(614)
阿弥陀如来
聖徳太子
JR天王寺駅から徒歩約9分