みょうほうじ
奈良県橿原市東池尻町420
吉備真備が、入唐留学によって学芸を修めるとともに、唐から無事に日本に帰ることができたことに感謝し、735年(天平7年)に善覚律師(吉備真備の子)に命じて観音堂を創建させたことに始まります。真備は、西..
吉備真備が、入唐留学によって学芸を修めるとともに、唐から無事に日本に帰ることができたことに感謝し、735年(天平7年)に善覚律師(吉備真備の子)に命じて観音堂を創建させたことに始まります。真備は、西暦716年(霊亀2年)、朝廷から遣唐使の一員に選ばれ、阿倍仲麻呂、玄昉らと共に入唐留学しますが、その年に彼は、日頃信仰していた観音様にご加護を祈り、「唐で学芸を修め、無事日本に戻ってくることができたなら、自分の領地に先祖の霊を祭る建物を造り、仏恩に報います。」と誓っています。吉備族退潮のあとも、この寺は、観音堂の霊験加護にあやかろうとする人々によって支えられ、盛時には、およそ5万平方メートルの境内に、北室院、南室院等の塔頭寺院が並び立ったと言われています。その後、数々の戦乱、火災等にあい、今では、当時をしのぶ建造物はなく、仏像も長い年月を経て作り替えられています。現在のお堂は、元禄時代に、当観音を信仰する人々によって、焼け残った資材を集めて再建されたものです。吉備真備が書いたと伝えられている「大般若経」は、現在も奈良国立博物館に保管されています。
御厨子山
高野山真言宗
十一面観音
ぼけよけ二十四地蔵霊場 第十四番札所 南部倭西国霊場 第二十九番札所
本堂拝観される場合 大人300円 中高生200円 小学生150円 団体(20名~)2割引
有り