しんじょうじ
富山県魚津市真成寺町4-6
真成寺の御開山(お寺を開いた初代住職)は、慈光院日等上人という方です。日等上人は魚津市の東北4キロの大谷温泉の裏山にある大谷の郷に誕生されました。1を聞いて10を悟る神童と、幼少の頃より村人達から..
真成寺の御開山(お寺を開いた初代住職)は、慈光院日等上人という方です。日等上人は魚津市の東北4キロの大谷温泉の裏山にある大谷の郷に誕生されました。1を聞いて10を悟る神童と、幼少の頃より村人達から一目を置かれる存在でした。また、青年になった日等上人は日蓮宗の僧侶になる事を決意されました。南無阿弥陀仏の信仰が篤い魚津市において【法華経】“南無妙法蓮華経”こそが世の人々の心に光を灯す真実の教えであると悟られ、京都へと修行(行学の二道)の実践の為に向かわれた。 その頃、京都で学徳兼備の名僧と尊敬をあつめておられた、日蓮宗本山妙覚寺第19世の日乾上人に弟子入りし、「真如房」と命名されました。「真如房」は、お師匠様である日乾上人について修行研鑽の日々を過ごされます。 一意専心行学の二道(僧侶の修行)を励み、経験を積んだ真如房は久しぶりに魚津へ帰郷し、昔なつかしい村人達に【法華経】の法話実践と、御祈祷をして、その名を轟かせておられました。また時を同じくして、魚津市松倉城(鹿熊)の大家老、玉ノ池伊織が生命が危ぶまれる程の高熱にかかり、妻子は付近に安置される松の木明神に日参して病気平癒を祈願しておりました。 ある夜のこと、妻子に「大谷の行者を招き加持祈祷をお願いせよ」と夢のお告げがありましたので、名声を轟かせておりました真如房を館に招き、病気平癒の御祈祷をして頂きました。すると霊験たちまち病魔を退散したのです。その事実に一族悉く日蓮宗に改宗し、城内の片隅に御草庵が建立されたのが真成寺の創建であります。 その後、家老吉崎多聞の妻が難産で苦しんでいる時にも、真如房の御祈祷によって、難産が安産へと導き救われたのでした。両武士の感激は、いかばかりだったことでしょう。そんな両武士の寄進によって、大谷の郷に新寺が建立されたのでした。現在も寺屋敷の跡があり、近くに真如房(日等上人)の御廟(お墓)が建立され、日蓮宗ではない村人達からも、信仰の対象となり仰がれております。
玉蓮山
日蓮宗
日蓮聖人御真筆の御曼荼羅
慈光院日等上人
日蓮宗玉蓮山真成寺
電鉄魚津駅より徒歩5分 北陸自動車道 魚津ICより車で8分