ようちいん せいけいいん
和歌山県伊都郡高野町大字高野山293
白河天皇第四皇子 覚法親王が大治2年(1127)に開基され、寺号を光恩寺、院号を養智院と名づけられました。 正嘉二年(1258)後嵯峨天皇高野御幸の時、当院に御臨幸され、庭園の桜が池の水面に映る風光..
白河天皇第四皇子 覚法親王が大治2年(1127)に開基され、寺号を光恩寺、院号を養智院と名づけられました。 正嘉二年(1258)後嵯峨天皇高野御幸の時、当院に御臨幸され、庭園の桜が池の水面に映る風光に御感銘され、供奉の九条殿下に勅定し「桜咲く木の間もれ来る月影に心も澄める庭の池水」と御勅答申し上げられ、後に院号を櫻池院と改めました。室町時代には関東公方の足利氏と師檀関係をもっていました。山内屈指の学侶方の寺院と して法燈栄え、現在に至っております。
当寺院は、高野山にある宿坊寺院のうちの一つで、1100年代に 白河天皇第四皇子覚法親王によって作られました。 今の本堂の建物は当時のものが現存しています。 高野山の中では西の方に位置し、伽藍や霊宝館(宝物館)に近く、 朝夕の散歩に最...