いくのじんじゃ
山口県下関市幡生宮の下町16-18
第五十六代清和天皇、貞観二年(860)九月の創祀、当時京都大安寺の僧行教、天皇の勅命を受け、九州宇佐八幡宮に趣き、八幡宮の御分神を奉戴して、京都男山(今の石清水八幡宮)に皈る途中、当地が清地であり又..
第五十六代清和天皇、貞観二年(860)九月の創祀、当時京都大安寺の僧行教、天皇の勅命を受け、九州宇佐八幡宮に趣き、八幡宮の御分神を奉戴して、京都男山(今の石清水八幡宮)に皈る途中、当地が清地であり又、神功皇后ゆかりの地であることから、ここに仮泊し、御分神を奉祀したと伝えられる。又、古来武将の崇敬も篤く文禄元年豊臣秀吉、朝鮮の役に出陣の際、松の木を八本手植し、戦勝を祈願したと云う(落雷の為、大正六年県知事認可の上、処分、拝殿正面の奉納額、松皮はその一部である)。昔はこの附近数ヶ村の総氏神として、地方人の崇敬は篤かった。響灘に浮かぶ六連島も古くはこの神社の氏子であったが海上遠い為、昭和四年二月、この神社より御分神を勧請して六連島八幡宮を建立した。(由緒書)
応神天皇、仲哀天皇、神功皇后、多紀理比売命、多岐都比売命、市寸嶋比売命、弥都波能売神
旧村社
860年(貞観2年)
幡生八幡宮
下関指定史跡 宮山古墳
JR山陽本線幡生駅から徒歩で5分
有り。