こいずみじんじゃ
群馬県邑楽郡大泉町城之内1-13-5
小泉神社の創建は古く、元慶7年(883年)とされています。邑楽郡佐貫荘の荘官であった佐貫弾正良綱の次男・築比地良基が、村の鎮めと安全を祈願し、藤原氏の先祖で東国に下り、邑楽郡の治安治水に努め、国土を..
小泉神社の創建は古く、元慶7年(883年)とされています。邑楽郡佐貫荘の荘官であった佐貫弾正良綱の次男・築比地良基が、村の鎮めと安全を祈願し、藤原氏の先祖で東国に下り、邑楽郡の治安治水に努め、国土を拓いて農工商すべての産業開発に功労があった藤原長良公の威徳を追慕して神霊をお祀りした長良明神が始まりと言われています。 その後、延徳元年に小泉城主・富岡主税介直光によって社殿が再建され、社領が寄進されましたが、天正18年の豊臣秀吉による小田城攻めの際、小豊臣軍の兵火にかかり社殿・神宝・旧記はことごとく焼失していまいました。その後、再建された長良明神は、当時領主であった杉山三右衛門より社地を寄進されたことを受けて移転造営の工事を起こし、慶長16年に現在地へと遷座しました。 本殿は嘉永元年から安政元年にかけての造営で、明治7年から10年にかけて現在の拝殿および幣殿が再建されました。その後、明治45年には学問の神として有名な下小泉村の村社・菅原神社をはじめとして町中の神社を合祀し、総社小泉神社と改称しました。なお、本殿は大泉町指定重要文化財になっています。
元慶七年(八八三年)邑楽郡佐貫荘の荘官であった佐貫弾正良綱の次男築比地良基が、村の鎮めと安全を祈って築比地宮原の地に、藤原氏の先祖で東国に下ってことに邑楽郡の治安治水につとめ、国土をひらき農工商すべての産業開発に功労があったと伝えられる
藤原長良公 菅原道真公
元慶7年(883年)
木造総欅材銅板葺流造
春祭:4月21日 秋祭:10月25日