わかみやはちまんぐう
京都府京都市山科区音羽森廻り町36
創建年代は不詳ながら、天智天皇が志賀の都から山科郷へ巡幸を行った時、音羽の地に八幡神を勧請したのが始まりと伝えられているそうで、当初は仁徳天皇・応神天皇・神功皇后の三柱を祀っていたが、その後素盞鳴命..
創建年代は不詳ながら、天智天皇が志賀の都から山科郷へ巡幸を行った時、音羽の地に八幡神を勧請したのが始まりと伝えられているそうで、当初は仁徳天皇・応神天皇・神功皇后の三柱を祀っていたが、その後素盞鳴命を合祀し、大津皇子の御子である粟津王の末裔とされる粟津氏が、この地を拓いて居住するようにあたり、祖である天武天皇を併せて祀ったそうです。 境内には大津皇子と粟津王の墓とされる2基の古墳があり、室町初期の宝篋印塔が現存しております。