べっぷはちまんぐう
山口県山陽小野田市大字有帆1377-2
当社は神護景雲四年(西暦770年)、和気清麻呂公よって豊前国(現在の大分県)の宇佐神宮より勧請されたことを創建の始めとする。 僧道鏡の企てを阻止した宇佐神宮神託事件の折、野望を挫かれ憤激した道鏡..
当社は神護景雲四年(西暦770年)、和気清麻呂公よって豊前国(現在の大分県)の宇佐神宮より勧請されたことを創建の始めとする。 僧道鏡の企てを阻止した宇佐神宮神託事件の折、野望を挫かれ憤激した道鏡により大隅国(現在の鹿児島県)へ流されていた和気清麻呂公は、道鏡の失脚後罪を解かれ勅命を受け京に召還されることとなった。 しかし海路帰京の途中、清麻呂公の船は嵐に遭ったが為にこれを避けて有帆の入り江(当時有帆の地は海に面していた)に船を寄せた。そしてこの地にて宇佐神宮の御霊代の御幣を松の木に掛け八幡神に祈ったところ、たちまちのうちに嵐は鎮まったという。 そこで清麻呂公は「我今ここに八幡宇佐宮を勧請奉る。依りてこの郷の神とせよ」と仰せられ、御神威に驚嘆した民衆により社が建立されたという。 爾来千二百年以上の歴史を有する、当地方最古の古社である。
主祭神 応神天皇(誉田別尊ほんだわけのみこと) 仲哀天皇(帯中津日子命たらしなかつひこのみこと) 神功皇后(息長帯姫命おきながたらしひめのみこと)
配祀神 多紀理毘売命たぎりひめのみこと 多岐都毘売命たぎつひめのみこと 市杵島毘売命
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