たてぬいじんじゃ
茨城県稲敷郡美浦村郷中2988
楯縫神社の祭神は普都主命。元県社で信太荘の一の宮として崇敬されてきました。『常陸風土記』には、「普都大神が国土鎮定の大任を果たされ、高天原に復命のため、身につけられていた器・杖・甲・才・楯・劍・玉..
楯縫神社の祭神は普都主命。元県社で信太荘の一の宮として崇敬されてきました。『常陸風土記』には、「普都大神が国土鎮定の大任を果たされ、高天原に復命のため、身につけられていた器・杖・甲・才・楯・劍・玉珪などをぬぎ、やがて天より迎えの白雲にのっていかれた」という伝えがあることから、社伝にはこの地を楯脱と称しのち楯縫に改められたとあります。 創建については、紀元十八年、推古天皇十六(六〇八)年、大同二(八〇七)年の三説があります。文明八(一四七六)年の再建は江戸崎城主土岐原景成が外護し(棟札)、天正十七(一五八九)年の再建は木原城主近藤利勝の寄進によるものです。境内北の方に杉の巨木の根幹があり、木原の地名の起こりといわれています。(後略) (境内・美浦村教育委員会案内板より)
楯縫神社(たてぬいじんじゃ)は、茨城県稲敷郡美浦村郷中2988番地(旧信太郡木原村)にある神社。古名は信太郡一宮。式内社(常陸国信太郡、小社)。旧県社。美浦村信太にも同名の楯縫神社がある。
普都主命(ふつぬしのみこと)
式内社、旧県社
3説あり 紀元前643年(皇紀18年) 607年(推古天皇16年) 807年(大同2年)
JR常磐線土浦駅から車で約30分