やくしじんじゃ
山形県酒田市二番町12-27
桶屋町鎮座薬師神社本尊は髙倉院の御宇治承年中又は養和年中に建久から建保年間(1200年)頃出羽國大和の荘田河(田川)郡 の由良村の沖に漂い光の発するを見た漁師達は占師に頼みしところ霊仏乃尊像が海に漂..
桶屋町鎮座薬師神社本尊は髙倉院の御宇治承年中又は養和年中に建久から建保年間(1200年)頃出羽國大和の荘田河(田川)郡 の由良村の沖に漂い光の発するを見た漁師達は占師に頼みしところ霊仏乃尊像が海に漂い給へる為とて近郷の漁師集いて舟を出し網をおろし海底を尋ねるに海藻をまといたる怪しき箱を得たり。箱の中こそ占文の如く中尊薬師如来左右には日光月光の菩薩誠とに霊妙不測の尊像なり。 當時泉流寺の尼公とてやんごとなき禅尼袖の浦に住庵居る処に彼の霊仏を送る。尼公これを由良の薬師と崇め奉り之を信仰した。 その後建保5年夏(1217)4月15日尼公は遺言し寂し給う霊仏の遺言どおり髙野の浜の満福寺に移し湊の薬師と崇められた。 秋田町西南に万福寺を引移しと同時に薬師如来も別殿に安置し奉る。以後40余年後の慶長年中(1596~1614)時の僧故ありて無量院専海、寺は荒れはてるを嘆き悟真山の住僧自らこの三尊を抱きしばらく善導寺に 安置せり。天文年中(1532~1549)当院の始祖無量院専海より二世千手院賢清右の尊像を深く念じ善導寺より乞うけ今の地に薬師堂一宇を建立し安置せり。三世宝鏡院清安法師(万治3年1月16日寂)が羽黒山より月光山薬師王寺なる号を授け明治9年の神仏混漁令以後薬師神社と改めて現在に至るが桶屋町の産土神として鎮座する薬師神社はご承知のように昭和51年酒田大火の災禍から幸いにも免れいささかのいたみもなく残り町内の安泰と繁栄をお守護して下さる崇髙なお社であります。
大己貴命 少彦名命
無格社
酒田駅から徒歩13分
無料
無し