請年月不詳。『伊勢輯雑記』に「天満宮 村の艮の方に在す、鳥居再建文化一一年春也、社頭南向、木燈龍二基あり。牛頭天王 村の巽の 方に在す、鳥居再建文化九年」と在り、『文政一〇年(一八二七)の桑名領郷村案内帳』には、「瀬古泉村、鎮守牛頭天王社、山神二社」とある。明治三九年(一九〇六)の『神社明細帳』には、「村社菅原神社 字出口鎮座、式外、祭神菅原道真公、勧請年月不詳、社殿梁行九尺桁行九尺、拝殿桁行一間四尺梁行三間、祭日三月九日、一〇月九日。村社八坂神社 字釈迦堂鎮座、式外、祭神須佐之男命、社殿梁行八尺桁行九尺、拝殿梁行一間四尺桁行三間、明治二一年九月合殿に天照大御神を祀り和泉御厨神明社と改称。山神社(大山祗神)字東街道鎮座。秋葉社(火産霊神)右山神社の境内社。山神社(大山祗神)字野田鎮座」とある。明治四〇年(一九〇七)一月八日菅原神社、和泉御厨神明社と山神社二社を神田村字山田の鳥取山田神社に合祀したが、昭和二六年三月一五日旧社地に分祀し、瀬古泉神社と呼称する。