勧請年月及び本社再建は不詳なるも伝承によれば、元亀元年(1570年)から天正八年(1580年)の間に仁藤村から分村して堂脇村となる。
八幡宮は仁藤村明神宮の東に辺り椎の樹陰に祠あり、村の氏子これを祀る。(佛堂寺十七夜堂の文書による)また修験者別當観行院が日坂事任八幡宮より分祀する。
慶長十年(1605年の観行院の證文による)現在残されている棟札は、
寛文十二年子歴菊月大吉(1672年)庄屋杉山惣兵衛
寛政九年九月吉日(1797年)観行院賢達
昭和五十一年九月吉日 雨覆改築(1976年)
平成二十四年七月吉日 拝殿改築(2012年)
平成二十七年十月吉日 (境内由緒より)