久米島のノロ(巫女)を統率する高級巫女(君南風)が祭祀を行う所。 君南風は琉球王国の神女組織の33君の1人で、久米島のノロを統括する最高神女。かつて沖縄が琉球王国だったころ、国内各地域には王府より任命されたノロと呼ばれる女性神職が置かれ、各地域の祭祀(さいし)をつかさどっていた。久米島の君南風は、王族に事あるごと首里城(琉球王の居城)へ登城することが許された数少ない上級ノロの1人だった。
【町指定史跡】
部落時代から、集落のノ口を統括するキミ という神職が置かれていました。按司時代には按 司の姉妹神として、祭事を司る神職のキミがいて、王府には三十 三君の神女組織が設けられていました。古くは君南風もこの三十三君の1 人でした。
弘治13年 (1500年)尚真王代に、八重山のオヤケアカハチを征伐する 首里軍に従軍し、君南風の計略により大勝利をおさめ、国王より恩賞を賜ったと されています。この時以来、君南風は久米島の最高神女として、島内のノロや神 女を統括し、島民の精神的支配者になりました。
「おもろそうし」に「中地綾庭」とうたわれる君南風殿内は歴代君南風の祭礼殿です。 康熙(こうき]6年(1667) 三十三君は廃止されましたが、伊平屋のあむがなし、久米島の君南風、 今帰仁のあおりやえの三君だけは残されました。