しゅうがんじ
山口県熊毛郡平生町大字平生村1068
当山は旧藩主毛利家の親族隠岐守就頼公(岩国藩主吉川広家の次男政春)が吉見大蔵大輔広頼の菩提のため慶長19年6月長州阿武郡大井村に創設し広頼の法名(秀巌院殿舸徹大居士)をとって舸徹山秀巌寺と号す。その..
当山は旧藩主毛利家の親族隠岐守就頼公(岩国藩主吉川広家の次男政春)が吉見大蔵大輔広頼の菩提のため慶長19年6月長州阿武郡大井村に創設し広頼の法名(秀巌院殿舸徹大居士)をとって舸徹山秀巌寺と号す。その後元和9年正月防州玖珂郡通津村に移転し又、延宝7年、団誉上人の代(313年前)現今の処に移転す。よって団誉祖吟を以て開山とす。 現本堂及び庫裡は平成3年11月の再建にて間口6間半に奥行7間半あり庫裡は86.26坪で壇信徒が共有出来る念仏信仰の平成の会館とした。
大野毛利氏の墓所
舸徹山
浄土宗
有り