さくらおういなりだいみょうじん
兵庫県西宮市津門呉羽町1−21
いつのころからでしょうか。人々が一日の仕事をすませてくつろぐ夕暮れになると、ひとりの品の良いおじいさんが訪ねてくるようになりました。 おじいさんは碁を打つのがじょうずで、たちまち「これは良い相手が..
いつのころからでしょうか。人々が一日の仕事をすませてくつろぐ夕暮れになると、ひとりの品の良いおじいさんが訪ねてくるようになりました。 おじいさんは碁を打つのがじょうずで、たちまち「これは良い相手が出来た」とみんなによろこばれるようになりました。また碁の合間には、いろいろな土地のめずらしい話やおもしろい話を聞かせましたので、みな引きこまれて聞くのでした。 「きっと名のあるご隠居さんでしょう。名前をお聞かせください。」とたずねられても「みなさんは私を『桜翁』とおよびくださいますが、名のるほどの者ではございません。」と、おだやかに笑うだけでした。
満々と酒をたたえた大桶の中に、前足をねずみ取りにはさまれたキツネが一匹うかんでいました。酒の中でねむっているようなその顔は、ほおをほんのりとそめていました。好きな酒を十分飲んで満足だったのでしょうか。 「とても上品なおじいさんだったのに。たった一枚の油あげで命を落としてしまうとは。かわいそうな事をしたものだ。」 生前の桜翁をしのんであわれに思わない者はいませんでした。何も悪いことをしたわけでなく、ただお酒が飲みたくて訪ねてきただけでした。桜翁との楽しかった夜を思い出して人々は悲しみました。