つるぎじんじゃ
福岡県鞍手郡鞍手町新延
村社 劍神社 鞍手郡西川村大字新延字火尾
祭 神 素盞嗚命、宮簀姫命、應神天皇、高龗神、闇龗神、宗像三女神 由 緒 不詳明治五年十一月三日村社に被定、祭神應神天皇、高龗神闇龗神は字島に無..
祭 神 素盞嗚命、宮簀姫命、應神天皇、高龗神、闇龗神、宗像三女神 由 緒 不詳明治五年十一月三日村社に被定、祭神應神天皇、高龗神闇龗神は字島に無格社八幡神社として祭神高龗神、闇龗神は字古賀に無格社貴船神社宗像三女神は同社境内嚴島神社として祭祀ありしを大正十三年五月十四日許可を得合祀同一祭神は合靈せり。 社説に曰く、第十二代景行天皇二十七年冬、皇子日本武尊熊襲及西國の賊を征伐せんが爲め御通行の時當所に行在所を經營し軍事を謀らせ給ふ。後ち尊御歸途の際此の社に立ち寄られ、奉賽の御祭盛んに行はせ給ひて、太刀及冑を留め起きて歸らせ給ふ。故に社殿の傍らに埋め奉り永く神璽と崇信す俗に之を鎧塚と今に言傳ふ。されば村民相集まり齋鍬を以て土地を平げ木工齋斧を以て小祠を建て之を崇敬す。世々武人の尊信淺さからず日に月に盛となれり。 崇徳天皇保延四年社殿を改築す。其の後領主大友氏信敬神の念厚く文明元年若干の神領を寄せられ、其臣野中勘解由貞時に命じて當社殿を再建せしめられたり。爾来二百二十餘年の盛装を經て社殿頽破に及ぶ、依て元禄八年九月當國主黒田綱政朝臣の命により社殿改築せられたり。享和三(癸亥)年再建せられ以前の小板葺を萱葺きとす、昭和九年村民相謀りて神殿中殿を改築し屋根を銅板葺とす、文明八年九月十八日領主大友氏信氏の臣野中勘解由貞、文明十年八月一日藤原朝臣椎道、及文明十二年九月二日藤原朝臣實信より神輿各々一宇寄進あり。 例祭日 十月十七日 神饌幣帛料供進指定 大正十二年二月十五日 主なる建造物 神殿、中殿、拝殿、社務所、寶蔵庫 主なる寶物 御緣起一巻、棟札一枚 境内坪数 四百五十坪 氏子区域及戸数 新延區 二百五十戸 境内神社 蛭子神社(事代主神) 天滿神社(菅原神) 須賀神社(素盞嗚命) 貴船神社(高丘見神、倉丘見神) 春日神社(兒屋根命、姫大神) 八龍神社(八種雷神)
福岡県神社誌 上巻
17時迄
40分
無し