ことしろぬしじんじゃ
青森県青森市青柳1-16
事代主神社はもともと善知鳥神社の末社で蛭子堂と称していた。寛永18年、青森町奉行森山蔵之助が漁師の大漁祈願の為、勧請し、造営。明治5年頃、蜆貝町町民から蜆貝町の産土神に懇望され、善知鳥神社より蜆貝町..
事代主神社はもともと善知鳥神社の末社で蛭子堂と称していた。寛永18年、青森町奉行森山蔵之助が漁師の大漁祈願の為、勧請し、造営。明治5年頃、蜆貝町町民から蜆貝町の産土神に懇望され、善知鳥神社より蜆貝町に遷宮。当初は堤川川尻の中瀬に境内を設け社殿を建立し祀ったが、その後川尻の埋立拡張工事が進み、社殿を改修、川尻の中瀬の場所より現在の川尻西岸に遷宮。明治6年、村社に列せらる。明治42年、神饌幣帛料供進社に指定。明治43年、青森市の大火にて類焼したが復興。昭和20年、戦災にて、社殿等一切焼失。昭和23年、蜆貝町民の熱心な努力により、現在の本殿、拝殿を新築。
もともと善知鳥神社の末社で蛭子堂と称していた
事代主神
7月20日(前夜祭:7月19日)