おきさいなりじんじゃ
三重県伊勢市御薗町高向552
当社の創祀年代、由緒は不詳であるが、以前は字西新出にあった山神社の鎮座地に奉祭されていたが、明治の中期に、山神社を高向大社境内へ移遷の際に、大社西側の地へ奉遷したという。その後、同地にあって水害など..
当社の創祀年代、由緒は不詳であるが、以前は字西新出にあった山神社の鎮座地に奉祭されていたが、明治の中期に、山神社を高向大社境内へ移遷の際に、大社西側の地へ奉遷したという。その後、同地にあって水害などの災厄に度々遭遇したことから、地区の有志の人々が相計り、現在地への遷社を執行し、明治三十三年旧八月十一日をもって遷座式典を挙行した。爾来、五十周年を迎えた昭和二十三年九月十一日には、五十年祭式典を執行した。区長総代・稲荷総代また有志の人々が相談して、伏見本社から御分霊を勧請した。これ以前の昭和十七年十月十二日には、本社伏見稲荷社の境内地の一隅に、於喜佐稲荷大明神の鳥居一基及び玉垣を建立奉納した。時の寄進者は曾野与三松・辻村斉松・総代中村与吉・中村藤七、世話人辻村斉吉らであった。伏見稲荷本社へ参詣の節に奉拝する人々も多いといわれる。 戦後の五十年祭の際には、青年団が諸種の演芸余興を境内地で催した。敗戦間もなく娯楽のとぼしいときであったが、区民人心の活性化を大いに高揚し、参詣者もすごぶる多かった。秋季の稲荷社祭礼は、これ以来の伝統をもつものとして今日に受け継がれている。なお、当稲荷社の境内地には、矢津奈賀稲荷大明神(寄進者辻村斉吉)、矢津尾稲荷大明神(寄進者中村与吉・中村藤七)が祭祀されており、それぞれ祠や鳥居が寄進され建っている。於喜佐稲荷社のお堂内には奉納額が揚げられている・・・(後略)
宇迦之御魂神(稲倉魂命)
月並祭:毎月11日だったが、令和元年6月から毎月第一日曜日に変更された。ただし、9月の大祭は、例年通り11日に行われる。
近鉄宮町駅(徒歩8分)
常時
無料
約6分
無し