社伝に天文二十一壬子年(一五五二) 八 月十五日、伊勢国の人小山太郎、加藤藤磨らこの地に まこ 来住し先づ社殿を建て同二十四年正月二十九日本殿の 覆殿を造営して少彦名尊を祀り天子大明神と称して村 の産土神として神徳盛大なり、この地小池村と称した 小山と改め小山大明神とも称した。明治制度改めの てんし 際天子と音読して誤って八幡神社に区分せられた。明 治五年十月、村社に列し同四十年十月二十六日、指定 社となる。同四十一年九月八日、天子の旧社号に復旧 の件認可せらる。社殿の造営、寛永二十一年(一六四 四)正月、本殿、寛文五年(一六六五) 五月、本殿延 宝八年(一六八〇) 五月葺替、貞享五年(一六八八) 三 月、葺替、元禄十五年(一七〇二) 九月葺替、正徳五 年(一七一五) 九月、本殿、享保二年(一七一七) 拝 殿を改築文久三年(一八六三)まで記録あり、珍らしきことなり。