つつこわけじんじゃ
福島県石川郡玉川村大字南須釜字八又138
藤原鎌足が常陸国司に任じられ、この地に赴いた際に建立しました。 白河風土記によると、藤原鎌足が訪れた際に「我は霊神なり」と草の中の竹筒から飛び出し叫んだ子どもがいました。藤原鎌足が神の名を尋ねると..
藤原鎌足が常陸国司に任じられ、この地に赴いた際に建立しました。 白河風土記によると、藤原鎌足が訪れた際に「我は霊神なり」と草の中の竹筒から飛び出し叫んだ子どもがいました。藤原鎌足が神の名を尋ねると、「高彦なり」と答え、そこで「これこそ高彦根なるべし」と社殿を建て、竹の筒子をわけて出てきたことから「筒子別明神」と称して、祀ったと言われています。
飛鳥時代天智天皇の御代に藤原鎌足公が創建し、延長5年(927)延喜式内大社奥洲一の宮と称され、当時は48の末社を持ち、氏子85村を挙げての大祭を行ったという。天正18年(1590)大寺城の没落に伴って衰え、氏子も現在は須釜地区に限られる。
主神:味耜高彦根命(筒子別明神) 配神:品多和氣神、大直日神
旧郷社、式内社(名神大社)論社、陸奥一宮?
筒子別大明神
有り
使用できるか不明