じょうこうじ
福岡県福岡市東区筥松1丁目10-10
寺の縁起によると、開祖の略歴として、「人皇五十代桓武帝の後胤平実平の遠孫」と前書きして、「旭浄(開祖)は、明治36年、長門の国に生まれ、宗教的信念の厚い方でした。西本願寺、佐賀神埼の浄光寺、吉塚の西..
寺の縁起によると、開祖の略歴として、「人皇五十代桓武帝の後胤平実平の遠孫」と前書きして、「旭浄(開祖)は、明治36年、長門の国に生まれ、宗教的信念の厚い方でした。西本願寺、佐賀神埼の浄光寺、吉塚の西林寺などで修行をされ苦学の後、昭和8年に浄土真信宗浄光寺派を立教開宗して現在に至る(途中仏光寺派へ合流の時代あり)」とあります。 そして、昭和8年の当初は箱崎浜に建立も昭和20年の福岡大空襲で被災し箱崎網屋町へ移転。 その後、昭和38年に現地筥松へさらに移転。 昭和40年に現納骨堂建立。 現住職は、開祖のご子息で昭和62年に後を継いでの第2世となります。
総本山
浄土真信宗
浄光寺派
有り