かみごおりはちまんじんじゃ
宮城県亘理郡亘理町逢隈上郡若宮58
天喜四年(1056)「前九年の役」の平定征伐の途上に、陸奥守鎮守府将軍の源頼義がこの地に着陣し、嫡男八幡太郎義家の陣地に宿営の折、京都の男山八幡宮の分霊を奉祀の上、武運長久や開拓安全の祭祀を行ったと..
天喜四年(1056)「前九年の役」の平定征伐の途上に、陸奥守鎮守府将軍の源頼義がこの地に着陣し、嫡男八幡太郎義家の陣地に宿営の折、京都の男山八幡宮の分霊を奉祀の上、武運長久や開拓安全の祭祀を行ったと伝えられています。その後も朝廷の要職が蝦夷討伐に際して参拝するなど、時の豪族が奉護し、この上郡地区を拠点として逢隈地区が開拓開墾され発展しました。※神社庁HPより抜粋
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誉田別命・神速須佐之男命
天喜四年(1056)
4月3日
あり
無し