やちほこやまおおくにぬしじんじゃ
島根県大田市仁摩町大国613
大国主命は外国を修め帰りましし時宅野の沖韓島に着き給う。此の島より大国に来たりまして暫し大松の下に雨露をしのがせ給う、其地を笠松と云う、時に村民仮に社殿を建て奉る。これを仮舎谷と云う、後八千矛山に社..
大国主命は外国を修め帰りましし時宅野の沖韓島に着き給う。此の島より大国に来たりまして暫し大松の下に雨露をしのがせ給う、其地を笠松と云う、時に村民仮に社殿を建て奉る。これを仮舎谷と云う、後八千矛山に社殿を建立して命を奉祀する、故に村名を大国村と云う。又奉祀せる山を八千矛山と云うなり。産土神社なりしも応永年間石見八幡宮を奉斎して之を氏神社とせり、されど氏の宮と称して村民の崇敬篤し。
太古のむかし、高麗の地からお帰りの大国主命が、宅野の韓島に上陸されて、国見ご巡回の道すがら、この「大国の里」にお立ち寄りになりました。 命はしばらく当地に滞在され、「御子森(みこもり)」の窟(いわや)で古代信仰をなされ、奥地に住む賊...
大国主命
氏の宮
なし