おかもとはちまんぐう
東京都世田谷区岡本2丁目21−2
除地、一段、小名根河原にあり、本社二間四方南向なり、神体は木像にて長一丈許、其作を傳へず、坂下に石の鳥居を立、石階六十級あり、例祭は九月廿七日、村内長圓寺持。 末社。稲荷太神宮愛宕合祠、本社に向ひ..
除地、一段、小名根河原にあり、本社二間四方南向なり、神体は木像にて長一丈許、其作を傳へず、坂下に石の鳥居を立、石階六十級あり、例祭は九月廿七日、村内長圓寺持。 末社。稲荷太神宮愛宕合祠、本社に向ひ右に立つ。(新編武蔵風土記稿より)
神体は30cmばかりの木像である。「新編武蔵風土記稿」には「除地一段、小名河原ニアリ、本社ニ間四方、南向ナリ、神体ハ木像ニテ長サー丈許其作ヲ伝へズ坂下ニ石ノ鳥居ヲ立、石階60段アリ、例祭ハ9月27日、(下略)」と記しているが、現在の堂宇は大正11年に改築しており、石段も明治12年8月に再建し、50段である。坂下に石の鳥居が立ち、高い石段をよると松やけやきの大木が生い茂り、小島のさえずりがきこえ、いかにも村の鎮守らしい宮居である。 鳥居のほとりに天保5年と記した手洗鉢が放置されている。祭礼は10月の第1、土、日の2日間行なわれる。(せたがや社寺と史跡より)
品陀和氣命/誉田別命(ほんだわけ) [別名]応神天皇(おうじんてんのう)
石段の下には、神社近くに住む松任谷由美さんの奉納した石燈籠がある。