もろやまづみじんじゃ
愛媛県松山市船ヶ谷町322
伊予皇子勅命により、西南の兇徒を退治のため浦戸の丘に諸神を祀ったのを創始とすると伝えられる。 和銅5年に大三島より高龗神・雷神を勧請し、三島別宮地の御前とも称したという。 文治年中河野通信は社殿..
伊予皇子勅命により、西南の兇徒を退治のため浦戸の丘に諸神を祀ったのを創始とすると伝えられる。 和銅5年に大三島より高龗神・雷神を勧請し、三島別宮地の御前とも称したという。 文治年中河野通信は社殿を修理、弘安年中河野通有純は水田を献納、元弘年中河野通村・通綱は神領を奉献、明徳年中河野通能は社殿を修理など、河野家の崇敬が厚かったという。 境内社の青麻三光神社は、元禄年中の創祀と伝えられ、古くは南約1kmの船ヶ丘茶臼山にあったが、安政の頃遷座した、明治の中頃社殿を新築。昔から脳の守護神として信仰が厚く、とりわけ中風除けとして崇敬されている。。
松山市西部の山あいにある神社である。
大山積神 高龗神 雷神
10月6・7日 大祭
松山市駅・JR松山駅より、バス[62]勝岡・運転免許センター線 ⇒三光前バス停より徒歩600m。
無いが数台止まられる。
無し