飛来神社は,太古神皇産霊神の御子,少彦名命を御祭神とす。この御神は非常に短躯小身なるも,特に子供好きにて,手足の神様で国土経営に全力を尽くし畜産を起こし,医療且又農業を起し人民皆其の御神徳を仰ぐことふかし,往年この堅粕の地に温泉湧出せる側に御鎮座ありしを紀元1466年大51代平城天皇の大同元年令より凡そ1200年伝教大使博多津に御帰朝の際,薬師像を刻み東光院に安置するに及び当神社を村の入口現在の地に遷座せしと言い伝う。赫灼たる御神徳著しく衆庶の知る所なり。旧藩主黒岳も崇敬特に篤く,現在当吉塚の産土氏神として子供の神様,子授けの神様として益々子供擁護と強化の崇高なる御神徳を垂れ給う。